投稿

2025/03/13(木) すぐに役に立つことは、すぐに役に立たなくなる by ぱぱ

イメージ
  朝日新聞2025年3月8日(土)の夕刊から切り抜きました。「大学では、どんな学部が人気なのか」という疑問に対して、「『就職に有利にはたらき、すぐに役に立つ学部』を選ぶ傾向にある」と筆者は分析しています。面白かったのは、文系でも、学部や学科名に「情報○○」と付くと、受験生が集まりやすい傾向にあるとのこと。うまいこと言いますね。しかし、年を重ねると、当時は就職に役に立たないと思っていた、哲学や心理学、文学などを学ぶことに、意義を感じるとの記事でした。  同じ日のTBSラジオの番組で、話題になっていたことです。ある役者が、言っていました。「役者は、台本を記憶する能力が、極めて高いのです。役になりきるために、どんなに難しい専門用語も、すぐに記憶できます。しかし、演じ終えると、すぐに忘れてしまうのです。不思議なくらい、忘れるのが早い。そして、また次のお役の台本を覚えるのです。」 「すぐに役に立つ」ことのために、私たちは、日々、努力奮闘しているように感じます。日々の保育はさておき、その記録も、役所や業者とのやりとりも、監査で求められる書類の作成も、言わば「すぐに役に立つ」ことです。この作業のために、私たちは、どれだけの時間と労力を注いでいることでしょう。ところが、血と汗と涙の結晶である、これらの書類も、所定の期間が過ぎると、逆に、破棄しなければならないことになっているのです。「すぐに役に立たなくなる」のですね。 「すぐに役に立つことは、すぐに役に立たなくなる」、冒頭の朝日新聞記者の指摘は、「けだし名言ではないか!」と感動を覚えました。  話変わって、当園が掲げている、「自由保育の中で、主体性と思いやりを育む」という保育方針は、「すぐに役に立つことは、すぐに役に立たなくなる」の真逆だと思います。主体性と思いやりは、一朝一夕で獲得できるものではありません。日々の活動の中で、トライ&エラーを繰り返しながら、保育士の援助や、お友だちとのやり取りを通して、少しずつ、少しずつ、お子さまの中にしみこんでいくものです。もちろん、それだけでは成就しません。ご家庭や地域の力だって、欠かせないのです。  大人は、年を重ねると、当時は就職に役に立たないと思っていた、哲学や心理学、文学などを学ぶことに、意義を感じるということですが、保育園では、遊びの中で、人間の営みの根底にある、哲学や心理学...

2025/02/14(金) たくみな話術 by ぱぱ

イメージ
  ある日の夕方、2階さん(2~3歳児クラス)のFちゃんがやって来て、 「ぶらんぶらんしたい。」 「ちょっとだけやって」  私(ぱぱさん)の、両手の人差し指を鉄棒に見立てて、その人差し指にぶら下がってみたいと言うのです。私は、「Fちゃん、重くて、こりゃ大変」と思いましたが、「ちょっとだけやって」の言い方が、本当に申し訳なさそうなニュアンスだったので、「そこまで言うなら」と私は思い、「いいよ」  10秒間くらいでしょうか、両手の人差し指にかかるFちゃんの全体重を、歯を食いしばって支えました。  10秒後、Fちゃんを降ろすと、Fちゃんは、 「もういっかいやって~」  その言葉には、「とっても楽しかったです。もしも許されるのなら、もう一度だけ体験させていただけませんか。無理ならかまいません。」といった思いが宿っているように、思われましたので、私は「いいよ」と、今度は5秒で限界となってしまいましたが、彼女の思いを叶えて差し上げました。  するとFちゃん、今度は畳みかける口調になって、 「ず~っとやって」  最後の言葉は、「しめしめ」感100%でした。私は彼女に一本取られたのでした。  言い方のニュアンスは抜きにしたとしても、 「ちょっとだけやって」 「もういっかいやって~」 「ず~っとやって」  何て無駄のない、巧妙な言い回しなのでしょうか! まるでコピーライターが頭をひねって、何度も何度も推こうして、こしらえたキャッチフレーズのようです。  最初から、「たくさん、やってもらいたい」と言うと、断られることは分かっているので、そのことは隠しつつ、最初は少しだけ、仮に許されたのなら、二度目はもう少し風穴を開けて、それも突破出来たら、三度目は本心を! 「秘技、要求三段活用だぁ!」そんな風に組み立てているような気がしました。  なんて天才なのでしょう。未来が楽しみです。  

2024/12/27(金) おはな組を中心とするクリスマスページェント裏話 by ぱぱ

イメージ
その1「リハーサルは、たった2回だけ」  もちろん、個人練習としては、11月に入ってから、お歌の練習、11月半ばから、聖句やセリフのお稽古が、始まっていました。でも、全体の練習として、つまり、保育園で最も活動が活発になる、10時からの「ゴールデンタイム」を、自由遊びではなく、リハーサルに充てるのは、12月に入ってからの「たった2回だけ」なのです。  その理由は…  個人練習で、「できるように、なったつもり」のおはな組さん(年長児)が、1回目のリハーサルで、自分のできなささに開眼し、結果として、個人練習に熱が入るようになるのが、1回目のリハーサルのねらいです。この後、それぞれが、懸命に覚えていきます。このような頭の使い方ができるようになるのが、おはな組さんだと思います。  そして、みんなが懸命に覚えたものを確認し合うのが、2回目のリハーサルのねらいです。もう、みんな完璧! お友だちの分まで覚えちゃったりしています。これ以上やると、マンネリ感や、遊びたいけど遊べないという思いが、生じてしまうのですね。  3回目が、クリスマス会当日のページェントでした。インフルエンザや風邪が流行する中ではありましたが、みんな、それぞれのカラーで輝いていたと思います。  ここで、建築家のミース・ファン・デル・ローエの言葉を載せたいと思います。   Less is more 「少ない方が、かえって豊かだ」 その2「つぼみ組さん(4歳児)の宿屋さん」  宿屋さんは、1番、2番、3番と三つあり、それぞれの出番がありました。1番が登場して演じ、退場した後に、2番が登場して演じ、退場、同じように、3番が演じて退場するという具合に、お稽古をしていました。  ところが、クリスマス会の当日、つぼみ組さん13人のうち、7人の出席しかかないませんでした。お休みとなってしまった、つぼみ組のお友だちは、大変残念ながら、インフルエンザや風邪に感染してしまったのでした。  そこで、ままさんは、急遽、1番と2番の宿屋さんを一つにして、「1.2番宿屋さん」として演じるよう、つぼみ組さんに、お願いしました。さらに、途中の出入りは、しないように、口頭で伝えました。時間の関係で、「1.2番宿屋さん」としてのお稽古は、できない状況で、本番を迎えたのでした。  結果は、別途、ご案内している動画の通り、見事に「途中の出入りな...

2024/10/16(水) ポエムシリーズ byぱぱ

イメージ
 けんかっ早い○○くんが、クルマのおもちゃを手にして お友だちとドライブごっこを楽しんでる・・・ あっ!お友だちの車とぶつかっちゃった お友だちは「いてえ~」 するとすかさず○○くん、 「ごめんね。ぶつかっちゃった」 当事者になると、けんかになっちゃうのに 俯瞰者になると、けんかにならない 君は、本当は、「平和を愛する人」だって、よく分かったよ 未来が楽しみだ ごっこ遊びっていいね

2024/09/10(火) 今後のきまぐれコラムについて

イメージ
 その時々の世の中の事象と、私たちが一生懸命やっている保育の間に、何か共通点みたいなものがあったら、書きたいなと思って始めたのが、本コラムでした。  2015年5月から2019年8月の「旧 気まぐれコラム」は、71本の執筆でした。2019年9月からは、ブログ版「きまぐれコラム」としてリニューアルし、2024年9月で、やはり71本を書きました。71本と71本、合計142本ということで、何気に感慨深いものを感じています。もっとも、全てを私ぱぱさんが書いたのではなく、ままさん、うめさん、すけさんの執筆もありますが…。  まあ、「きまぐれ」とは言いながらも、コンスタントに「月1本」を貫いてきました。しかしながら、昨今では、長い文章を読み込むという習慣が薄れてきているようで、Webの影響か、短くてキャッチ―な表現でないと、あまり受け入れられないようです。  そこで、今後は、タイトル通り、「きまぐれ」でいきたいと思います。「月1本」にこだわらないで、真に「きまぐれ」に配信をしていきたいと思います。そして、新しい原稿がない月は、今までの142本の中から、比較的良いと思われるものを、アーカイブで配信できたらと思っています。  まあ、のんびりやらせてください。 ぱぱ

2024/08/01(木) [実験]

イメージ
  ある日の午前中、年長さんの女の子が、顔の眉間部分に横筋一本、鼻の一番高いところに横筋一本、計二本の傷をつけてしまい、その痛みで涙を流していました。なんで、そんなところに、傷をつけてしまったのか、保育士が尋ねたところ、「目をつぶって歩いていたら、ぶつかった」と言うことでした。  ぶつかった場所は、テラスの手すりのアルミ枠ということでした。検証したところ、女の子の二本の傷痕と、アルミ枠の位置が、高さも間隔もドンピシャで、ここでケガをしたことが判明しました。  ところで、この女の子は、なぜ、こんな行動に出たのでしょうか? 「アルミ枠にぶつかると痛い」ということは、年長さん(5歳児クラス)であれば、今までの経験で、十分に分かっているはずです。いったい、何が、彼女の判断を、狂わせてしまったのでしょうか?  その時、私は、昔、担任をしていた、あるお子さんを思い出しました。そのお子さんは、保育中に高いところから飛び降りて、足をくじいてしまったのです。その時の言い分が、「目をつぶれば、痛くないかなぁと考えたけど、(飛んでみたら)痛かった」というものでした。  この二人の思考の共通点として、「見えるものが『有』であると仮定すれば、見えなければ『無』なのではないか?」という考えがあるように思いました。そのため、「目をつぶることで見えなくなれば、実態もなくなり、痛みも感じないのではないか?」という仮説に至ったのではないかと…。こうなったら、身をもって、実験を行うしかないのでしょう。かくして、自ら実験台となり、遂行したわけですね。そして、「目をつぶっても、痛いものは痛いんだ」という結論に至ったのでしょう。  読者の皆さんも、「分かっちゃいるけど、やめられない」こと、ありませんか? 私も、昔、感電を承知で、基盤に触って、100ボルトの電圧の洗礼を受けた記憶があります。  昨今、「マンションのバルコニーから、幼児が落下する」という事故がありますが、「もしかしたら、子どもたちは、実験のつもりで飛んでいる可能性も、あるのではないか?」と思うと、やり切れない気持ちで、いっぱいになります。日頃から、小さな過ちを積み重ねることで、大きな過ちを防ぐための知恵を、しっかりと身につけることができるのではないでしょうか?  話は戻って、「仮説を立てて、実証し、結果を導き、それを糧とする」という動きを...

2024/07/01(月) 役に立つってなに? (ぱぱさん)

イメージ
  「役に立つ」とは、どういうことなのでしょう?  それまで誰も認識していなかった新しい価値を発見して、世界に知らしめる。その役目を果たすことが、「役に立つこと」だと仮定します。  唐突で申し訳ありませんが、ノーベル賞を受賞した東大の小柴昌俊さんの「カミオカンデを使った研究」は、役に立つものだったのでしょうか? 現在では、ニュートリノは、宇宙に満ちあふれているが、目には見えず、触れることもできず、私たちの体をどんどんすり抜けていく不思議な素粒子であり、17種類見つかっている素粒子の中で、異様に小さくて軽い「幽霊粒子」とも呼ばれる謎めいた存在で、物質や宇宙の成り立ちの理解や、素粒子物理学の新理論の展開のカギを握るとみられているわけです。ですから、非常に役に立つのですが、研究を始めた当初は、役に立つと思う人など、ほぼいなかったわけですね。要するに、「役に立つ」なんて、「誰もがすぐに判定できるものではない」ということを言いたかったのでした。  一方で、「社会の役に立つ」という視点があげられますね。「早く一人前になって、みんなに迷惑をかけないようになり、役に立ちたい」、「苦手を克服して、オールマイティになって、役に立ちたい」、「○○の資格を取って、役に立ちたい」などです。こちらの方が一般的で、誰もが目指そうとするところだと思います。  しかし、私は思います。一人前になろうとして、そこまでたどり着いたと思ってみたところで、その先に、遥かな道のりを見つけてしまうものなのですよ。ゴールなんて、見えないんです。「みんなに迷惑をかけないように…」なんていうことも、できないですね。私なんて、60歳を過ぎても、日々、皆さんに迷惑をかけ続けています。そもそも、「苦手は大切な個性でもある」のに、それを打ち消そうとする、すなわち、「オールマイティを目指そうとする」から、ありのままの自分を受け入れることができなくなり、今を楽しく過ごすことができなくなっているように思うのです。要は、「人は、みんな完全ではない、たいして役に立っていない」という事実に気付くのです。  「○○の資格を取って、役に立ちたい」ということは、「役に立つ」と判断する者にとって、都合がいい場合に成立します。ところが、同時に「すぐに結果が出ることがいい」という要素と結びつくと、プレッシャーになりますよね。「いつか、取ってく...