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2024/02/01(木) [ナナフシの話 ~朝日新聞(夕刊)2023/11/2(木)から~]

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  空を飛ぶことはできないナナフシですが、「鳥に食べられることで、鳥の糞の中で卵として生き延びて、分布を拡大させているのではないか?」というお話でした。通常、「鳥に食べられた昆虫は、体内の卵もろとも、生存の可能性を失う」というのが、セオリーのようです。ところが、ナナフシの卵は、それでも死なないのですね、すごいです。  文章の最後に、「決して鳥に食べられたいわけではないはずです」とありますので、鳥に食べられたくはないけれど、万一、食べられてしまった場合の第二の手段として、「鳥の糞の中で、卵として生きること」を考えているのでしょうか?  ともあれ、「生きるために死ぬ」とか、「死んでも死なない」とか、すごいキャッチフレーズが、私の頭の中を駆け回ってしまいました。  保育園は、今、幹部も保育士も、高齢化が進んでいます。それは、年をとっても働けるということでもあり、嬉しいことではありますが、一方、若返り、世代交代を考えていかなければならないともいえるでしょう。「生きるためには、死ぬことも必要なのでは?」と、ナナフシから教わった気がしました。

2024/01/15(月)ジャンプしてもいい?(ポエム・散文シリーズ)

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 「ぱぱさん、ジャンプしてもいい?」と3階さん 「なんでそんなこと聞くの?」と私 「ここ(のジャンプ)はもえさん(保育士)がみていないとやっちゃいけないの」 日常のやり取りのなかで、どこにどんな危険が潜んでいるかを、子どもなりに理解して蓄積しているなと感じ、嬉しくなりました。 と同時に、ちょっとだけ不憫になり、「もえさんじゃないけど、ぱぱさんが見てるから、今だけジャンプしていいよ」 嬉しそうにジャンプする姿を見て「子どもの笑顔はいいな」と思いました。と、その後ろにはジャンプをしようとする別の子の姿が、、、 「飛んでいい」、、、「いいよ」 どこから情報を仕入れてきたのでしょうか。あっという間に10人ほどの列になって、私はその場から動くことができなくなってしまいました。 「すばらしい情報伝達力!」

2024/12/24(日) [身の回りの小さなサンタ] (ぱぱ)

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  3歳さんのN子ちゃんは、「勝つ」ことが大好きです。なので、私は、N子ちゃんとジャンケンをするときは、ある工夫をして、いつもN子ちゃんが勝つようにしていました。  その方法とは、ジャンケンの一連の動作、すなわち、「最初はグー、ジャンケン、ポイ!」の、真ん中の「ジャンケン」のところで、「次に出す手を、予め、相手に示してやる」というものでした。「ジャンケン」のところで、グーかチョキかパーかを、「私の手の形で、N子ちゃんに伝えてしまう」ということです。N子ちゃんは、いつも私の手の動きに着目して、全戦全勝です。そのたびに、私は「まけた~。」と悔しがり、N子ちゃんはニンマリしていました。  そんなやり取りが、2023年の5月頃から、12月7日まで続きました。実は、N子ちゃんは、毎朝のお父さまとのお別れが辛いようで、その辛さの代わりとして、入園間もない頃から、毎朝、私に抱き着き、何とか心を持ち直そうとしていたのでした。朝、母子父子分離が難しいというのは、良く育っている証拠です。そのことを知っている私は、困っている、お父さまに、時々、「お父さん、お子さんに愛されていますねえ。羨ましいです。」と言っていました。  しかし、12月8日のことでした。朝、登園するなり、N子ちゃんは、私のところにやってきて、「ぱぱさん、ジャンケンしよう。」と言うのです。すぐに、「いいよ。」と返す、私。すると、N子ちゃんは、「ぱぱさん、グー出してね。」と言うのです。私は、例の特別なやり方はしないで、言われるままに、「最初はグー、ジャンケン、ポイ!」のタイミングで、素直にグーを出しました。  すると、N子ちゃんは、何とチョキを出してきたのです。びっくりする私をよそに、N子ちゃんは、「ぱぱさん、勝ってよかったね。」と言って微笑みました。  私は、今まで、N子ちゃんに対して、サンタさんになっていました。父子分離で悲しい思いをしているN子ちゃんが、ジャンケンで勝つことによって、「せめて、少しでも、元気をプレゼントできたら」という気持ちでした。でも、今、私の目の前にいるのは、わざと負けて、私に「勝ち」をプレゼントしてくれる、とっても優しい、「N子ちゃんサンタ」なのでした。  もしかしたら、「サンタクロースは、あっちにも、こっちにも、身近なところに、いるのかもしれない…。」と思いました。私たちは、身の回りの小さなサン

2023/12/15(金) Sくんのつぶやき(ポエム・散文シリーズ)

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 「このどんぐり、われてる・・・ あかちゃんうまれてくるの?」(3歳)

2023/12/1(金) そこから始まった(ポエム・散文シリーズ)

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  星野富弘さんは、1946年に群馬県みどり市東町に生まれた詩画のプロです。この方は1970年、中学校教諭としてクラブ活動の指導をしている最中に、鉄棒から落下して頚髄を損傷し手足の自由を失ってしまいます。しかし、そんなピンチの中、1972年の入院中に筆を口にくわえて文や絵を描き始めたのだそうです。そこから先の活躍は誰もが知るところです。 (星野富弘さん「ミズナラ 2006年」より)       夢と希望にあふれた中学校の先生から落ちて、転がって止まったところで、文筆という才能が開花し、未来を造って行ったのですね。心に響きます。ピンチはチャンスと本当に思える柔軟な心が欲しいです。      ぼくも池袋から落ちて 斜面を二三回       転がって止まったところは川口       そこからぼくは、自分の未来を造って行ったんだなぁ  ぱぱ

2023/11/15(水) おねがいだからたすけてください(ポエム・散文シリーズ)

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なおさん(保育士)が「おかたづけのじかんです。おねがいだからたすけてください」と言っても、片づけせずスタッフルームや絵本コーナーにやってきてニヤニヤしている3階さん・・・ 「ちゃっかりしてるなあ」 ある時、私に向かって「なおさんを、おねがいだからたすけてください」と、懇願してきた3階さん。様子を確かめに行くと、そこには固定遊具の金具が外れて必死に直そうとするも、思い通りにいかずに困っているなおさんの姿が、、、 「みんな、やさしいなあ」

2023/11/01(水) [3年かけて…]

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 Bちゃんは、0歳児クラスに入園してきた女の子です。春生まれで、夏から入園したので、すでに満1歳になっていました。  月齢が高かったこともあってか、入ったばかりの頃から落ち着いていて、身の回りのことも上手にできていました。また、お友だちとのトラブルもなく、泣いたり怒ったりするようなことも、ほとんどありませんでした。  たとえば、はしゃいだお友だちが、ぶつかってしまっても、感情的になるようなことはなく、次はぶつからないように、そっとその場を離れる…、自分が使っているおもちゃを取られてしまっても、ケンカをしてまで取り返すようなことはせず、他のおもちゃをさがす等…、自分が一歩引くことで、おだやかに対応することを選んでいるようでした。  1歳児クラスになると、少しずつ、Bちゃんの声を聞くことが、できるようになってきました。Bちゃんは、お話も上手で、実は、たくさん、おしゃべりしてくれていたのです。  「使ってる…」、「あっち行って…」等、怒鳴らないどころか、耳をすまさないと聞こえないくらい、ひかえめな声でしたが、ちゃんと自分の思いを言葉にしてくれていました。  そして、Bちゃんが、2歳児クラスになった今年度は、さらにしっかりと、自分の思いで行動するようになりました。  独り言のように、ひかえめだった言葉も、相手や、まわりに、ちゃんと伝わるくらい、ハキハキとした大きな声で、話してくれます。また、小さいお友だちが、あぶないことをしていたりすると、やさしく教えてくれたりもします。  そんな中で、個人的に、一番うれしかったのが、抱っこを求めてくるようになったことでした。  それまでは、すべて自分で解決しようとしているかのごとく、スタッフに甘えるようなしぐさは、ほとんど見られませんでした。  それが、自分から抱っこをせがんだり、他のお友だちにまざって、スタッフにちょっかいを出してみたりして、自分の欲求を、素直に伝えてくれるようになったのです。  ただ、Bちゃんの園での様子を振り返ると、心を開いてくれたことを喜ぶとともに、「ここまで来るのに、3年もかかってしまった…」という思いもあります。  それは、「もう少し、深くかかわれていたら、もっと早く、安心してもらえたのでは…」という後悔でもあります。  保育園では、たくさんの子どもたちが、集団で過ごしています。そして、その中には、まだ小さくて