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2020/0317(火) 夢中になる

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洗濯カゴにいっぱいのプラレールの線路があります。かなりの量です。 ある日、自由遊びの中で、園児たちと保育士で協力して、何とこのレールを全て使って長い線路を組み立てたのです。レールを一つ残らず使用したということと、全ての線路の最初と最後がつながるように組み立てることができたということに驚きました。 やってみると難しいんですよ、これが!!最後の組み合わせが凹と凹でつながらなかったり、せっかく組んでも小さいお友だちが来て壊してしまったり、何より全ての線路を使い尽くすのは至難の業のように思われます。 で、完成した路線はこんな感じです。  まあ、子どもの力だけではできないことは予想されますので、保育士が相当頑張ったのではないかと思いますが... でも、保育士たちが夢中になって取り組んでいる姿を見て、子どもたちは夢中になるということを学ぶのではないかと思います。夢中になって遊ぶというか、ムキになって遊ぶというか、そんな姿を見せてやれたらいいなと思います。「集中する中で、課題を見つけて考え、試行錯誤して悩みながら何とか乗り越え、仲間と共に達成感を味わう」体験がお子さま一人ひとりの心と身体の中に沁み渡ることを願います。 そして、将来、自分の人生のレールを自分の力で見つけ、努力の末に獲得し、社会のために有用に働くことができる大人に育って欲しいと願っています。 2019年度が終わります。コロナで大変ですが、何とぞご自愛ください。

2020/02/04(火) リズム遊び

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 元郷園では、16時30分から17時過ぎまで(多少前後しますが...)を目安に、全園児が2階の保育室に集合して、保護者のお迎えを待っています。この時間は、自由遊びを楽しんだり、絵本を読んだり、歌を歌ったり、リズム遊びを楽しんだりして過ごしています。その後は、以前投稿した記事 「2019/11/12(火) テレビ」 での説明の通り、18時くらいまでテレビを観たりして静かに過ごします。18時頃に夕方のおやつを食べて、最終の19時までは、保育士と自由遊びをしながら保護者のお迎えを待っています。  この時間(16時30分から保育が終了となる19時までの2時間30分)は、お子さまにとって、とても長い時間です。あたりが暗くなって、お友だちもだんだん少なくなって、淋しくなる時間でもあります。  わたしたちは、子どもたちには、この時間も楽しく過ごしてもらいたいと思っています。そのためには、2時間30分をただダラダラ過ごす(もちろん、そういう日もあってよいと思います!)のではなく、2時間30分の流れの中に緩急をつけることが望ましいと考えています。そこで、私(ぱぱさん)は、16時30分から17時過ぎの中の「20分~30分の時間限定」で、ギターを弾きながら歌を歌ったりリズム遊びをしたりしています。  静かな歌は静かに歌います。そして、元気な歌は元気に歌います。  一方、リズム遊びはとても元気に行っています。実際には、歌を歌うこととリズム遊びをすることは明確に分けられるものではなく、歌の途中で曲調を変化させたりして、ジャンプしたり、踊ったり、グルグル走ったりできるような要素を盛り込みます。そうすると、歌が完全なリズム遊びに変身します。この時、子どもたちの目の輝きとサウンドのボリュームはマックスになります。一つひとつのリズム遊びが終わるたびに、「イエーイ」などと大声で言い合ったりします。わたしがそれをしないと、「ぱぱさん、つまんないよ」とばかりに、子どもたちが自ら大声で「イエーイ」と叫びながらこぶしを上げてきます!  このため、この時間にお迎えにいらっしゃる保護者の皆さまには、まことに騒がしく大変申し訳なく思っています。しかしながら、20~30分の時間限定で、しかも毎日必ず行うわけではありませんので、ご了承いただけたらうれしく思います。この時間に保育士とお話しなさりたい場合は、保育室の戸を閉...

2020/01/10(金)「落穂拾い」

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 2020年明けましておめでとうございます。  さて、この絵画、ご存じでしょうか?ジャン=フランソワ・ミレーが描いた作品で「落穂拾い」です。この作品は、農民が広々とした大地にて落葉を拾っている、どこか心温まる風景画として知られています。しかし実際には、ほのぼのとした雰囲気とは裏腹の、厳しい生活を強いられていた、そういった農婦たちの働く姿が模写されている、というのが真実のようです。  実は、この3人の農民は、この畑の持ち主ではないのです。それどころか、小作人でさえもないのです。では、この3人が、いったい誰なのか?というと・・・この畑とは全く関係ない、普通に食べていくのも苦しい、近くの貧しい住民なのです。要は、他人の畑に入って、刈り入れられずに落ちた穂を拾って、それを日々の糧にしよう・・・そうやって、生きるだけでも必死の人々の姿がこの絵に表されているのです。ミレーの落ち穂拾いが、ただならぬ哀愁を感じるのは、そう言う理由です。  でも、ここで、疑問が湧きます。「いくらなんでも、他人の畑に入って、落ちた穂を拾うのは、泥棒ではないのか?」と。日本人なら当然思う感覚だろうと思います。でも、キリスト教的な思想を知っていれば、その謎も解けます。実は、聖書には、「全て刈り入れてはなりませんよ。落ち穂やオリーブやブドウも拾ってはいけません。残しておいた落ちた穂やオリーブやブドウは、在留異国人や、みなしご、やもめの者の方の為に分け与えなさい。」と書いてあるのです。この聖書の思想は当時の人々の常識でした。「貧しい人々も生かされている。」ミレーはそれを描きたかったのですね。  私自信も、実は、落穂を拾わせていただいたおかげで、何とか生かされている人間だと思っています。自分の力ではなく、偶然のチャンスと周りの皆さんのお力添えのおかげで、こうして保育園を建てさせていただいて、生かされているという実感です。 そんな私ですから、どちらかといえば、すぐに思い通りになるような人よりも、思い通りにならないで「もがいている」ような人が好きです。そのような人は、心の痛みが理解できる優しい人になることでしょう。そして、いつしか自分が生かされている感覚を味わうことでしょう  スタッフであっても園児さんであっても、「他の保育園では芽が出なかったけど、さくらそう保育園では生かされている」、「最後にさくらそう保育園があ...

2019/12/16(月) リコーダーという小宇宙

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 今日は12月16日(月)、先週末の親子クリスマス会では保護者の皆さまのご理解ご協力のもと、楽しいひと時を過ごすことができました。ありがとうございました。  さて、クリスマス会の中のスタッフの出し物に、リコーダーアンサンブルがありました。このリコーダーという楽器は、日本では、誰もが学校で出会う楽器ですが、改めてその素朴な音色に心を奪われてしまいます。今回は讃美歌を2曲演奏しましたが、なかなか味わい深いものでした。(当日は緊張してちょっと失敗しましたが・・・)  この楽器、その表現できる音域は、プロの人で2オクターブ、一般人(かなり上手い人)では1オクターブ半くらいなのですね。私たち素人スタッフには、全部の穴を塞ぐことも難しく、高音部のクロスフィンガリングも難しく、♭や♯も難しく、結局1オクターブと3音ほどしか出ないことが判明しました。でも、その限られた音程を駆使して、1番はメロディ、2番はハーモニー、3~4番は別の旋律といったように、4声のパートに分けて譜面を作成し、2か月近くかけてコツコツと(コソコソかな(笑))練習してきたのです。まあ全員揃っての練習は保育中には叶わなくて、案の定クリスマス当日ぶっつけ本番となりましたが、、、<(_ _)>  低音から高音まで7オクターブと四分の一もあるピアノの演奏は素敵ですが、リコーダーの1オクターブと3音の演奏も乙なものです。ピアノが圧倒的な音域とダイナミックレンジで迫ってくるのに対し、リコーダーは音程が交差し合う感じが実に美しく、音が絡み合う感じは正に端正で美しいものです。ピアノが大宇宙だとしたら、リコーダーは小宇宙ともいえますね。ともに一つの完成形のような気がしました。  ところで、大人が大宇宙だとしたら、子どもは小宇宙、ともに一つの完成形であり、優劣があるものではありません。そのことを確認し合いたいと思います。もうすぐ本当のクリスマス、それぞれのご家庭で楽しいクリスマスをお過ごしいただければ幸いです。

2019/11/27(水) 葉っぱ

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 直径1.5mはある大きな葉っぱを持つ植物を園庭で育てています。中心部分に注目してください。  何やら見覚えのある形ではありませんか?そう、ブロッコリーです。大きなおおきな葉っぱでお日さまの光を受けブロッコリーに栄養を送っているのですね。それにしてもこんなに大きな葉っぱが必要だったなんて知りませんでした。  「園庭のこの土の量では、3株しか植えられないよ」と園芸店のご主人が言っていたことを思い出します。私は「そんなことないだろう、倍(6株くらい)は植えても平気なんじゃないか」と思いましたが、ご主人の言う通りでした。このブロッコリーは、お店では100円から200円位で売られていますが、こんなに場所をとるのであれば、もう少し高い値段じゃないと採算が取れないのではないかと心配してしまいます。 そして、真っ赤なシクラメン...。今、3階の保育室にあります。売っているおじいさんが、面白いことを言っていました。「シクラメンの良し悪しは、葉っぱで決まるんだよ。ここにある二つのシクラメン、花だけ見ると同じように見えるけど、葉っぱを触ってごらん。良いシクラメンは、葉っぱが固いんだ。」と...。触ってみると、なるほど、一方は柔らかい葉っぱのシクラメンで、もう一方は固い葉っぱのシクラメンでした。 おじいさんは、さらにこう言いました。「葉っぱの数にも違いがあるんだよ。固い葉っぱは、数が多いんだ。実は、花の数と葉っぱの数は同じで、一枚の葉っぱに一輪の花が咲くんだよ。だから、葉っぱの数は、多い方が良いんだ。」  私たちは、ついついブロッコリーの美味しい可食部分やシクラメンの花の美しさに目や心を奪われてしまい、葉っぱにはあまり目が向かないように思います。でも、それらをしっかりと支えてくれていたのは、葉っぱだったんですね。葉っぱ無くしては、ブロッコリーもシクラメンも無い...ということなんだと思います。  お子さま一人ひとりのまわりにある、見えないけれど葉っぱのように優しい、ご両親やご家族、それにお友だちやスタッフという支えがあるからこそ、今、このお子さまが存在するんだと思った時、それは、かけがえのないことだと思います。  スタッフ一人ひとりのまわりにある、見えないけれど葉っぱのように優しい、ご両親や配偶者やご家族、そしてお友だちや他のスタッフという支えがあるからこそ、今、このスタッフが存在するん...

2019/11/12(火) テレビ

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元郷園では、毎日夕方の4時30分、もしくは5時を過ぎると、2階の保育室に全園児が集まって、保護者のお迎えを待ちます。お迎えを待つ間、子どもたちはめいめい好きな遊びをしたり、保育士と歌をうたって楽しんだり、NHKの子ども向け番組等を見たりしています。 時折、保護者の皆さまから「お迎えに行くといつもテレビを見ている」と、お問い合わせを受けることがあります。なので、ここはきちんと説明をしなければと思います。 保育園の生活は、7時から19時までの一日12時間と、とても長いものです。その内、テレビを見て過ごす時間は、その日によって前後しますが、17時~17時半くらいから18時過ぎまでです。昼間の時間はテレビは見ませんし、18時を過ぎるとお子さんの数が少なくなるので、テレビを消して自由遊びを行っています。 元気に過ごしているお子さんも、たとえ昼寝をしたとしても、夕方になるとだんだん疲れが出てきます。お子さんの疲れを考慮すると、夕方以降はなるべく家庭に近い環境設定の下、ゆったりゆっくり過ごす方が望ましいと思います。そこで、テレビの使用が考えられます。NHKでは「子どもによい放送プロジェクト」という研究機関をつくり、研鑽を重ねているようです。当園では、このような良質の番組を選んで提供しています。プロジェクトでは、仲間や保育士と会話しながらテレビを見ることと、子どもだけで一方的に見続けることには、大きな違いがあると結論付けています。当園では、お子さんに寄り添って会話をしながら見ています。なお、NHKだけでなく、他者のために自分を捧げる哲学を持つ、やなせたかし氏の「アンパンマン」も見ています。 一方、世間的には、保育士は重労働な職業の一つと言われています。朝から真剣にお子さんと向かい合い、自発性と思いやりを育むような環境作りに心血を注いでいると、その疲労は夕方ごろにピークを迎えることになります。保育士を守る意味でも、「子どもによい放送プロジェクト」監修の番組等を用いることには意味があると思います。 お迎えの時間とテレビを見る時間が重なってしまうので、保護者の皆さまよりご意見があることは重々承知しています。ですが、このように考え実践していますので、広い心で受け入れていただけましたら、まことに幸いです。

2019/10/24(木) そのままでよしとする

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 ディズニー映画「アナと雪の女王」の主題歌「ありのままで」で一気に有名になった「Let it go」というフレーズ。「ありのままで」という和訳は、正確には正しくないそうです。「let it go」の本来の意味は、「何もしないで」、「放っておこう」、「忘れよう」だそうです。ですから、「ありのままで」とは、少しニュアンスが違う気がしますね。  アメリカでは、悩みや怒りがあったり、トラブルに巻き込まれている家族や友人に対してアドバイスをするときに「let it go」を使うそうです。「そんなこと忘れようよ」、「それは放っておいた方がいいよ」という意味で使います。「let it go」は、具体的な解決策を提案しているわけではありません。つまり、「具体的な解決策がない悩み」に対してのアドバイスです。そのため、心理カウンセラーなどは、よくこのフレーズを使います。「それ以上問題にせず、そのままでよしとする」という意味になります。  さて、音楽の教科書にも載ったビートルズの「Let it be」。良く似たタイトルですね。両者ともに「放っておく」という意味となるそうです。訳も同じ、違いはgoとbeだけのようですが、実はかなり意味合いが異なります。実は”Let it be”とは、”Amen”を表す言葉です。元はヘブライ語、キリスト教の言葉で、日本では「アーメン」と訳されるあの言葉です。和風に表現すると「天の神さまの言うとおり」が近い表現でしょうか。ビートルズの歌う「Let it be」には次のような解釈があります。「神さまはきっと見ていてくださる。救われることを信じて,今はじたばたせずに結果を待とう。」Let it be = Amenと考えれば、かなりしっくりきますね。また、歌詞を見ても、かなりキリスト教色の強い歌であるとも言えます。まさに「神さまの言うとおり」ですね。  つまり、アナと雪の女王で、エルサが自らの取り巻く状況を「Let it be」ではなく「Let it go!」と歌うのは、「神さまや誰の意思でもなく、自分の意志で気にしないと決めた。」という、力強い決断を示している、ということになります。  「具体的な解決策がない悩みに対して、それ以上問題にせずそのままでよしとする。自分の意志で気にしないと決める」この考え方はいわゆる「悟る」に近いのではないかと思います。  私たちは、...